ヒロコアラカ記

Hiroko Arakaki / アラカキヒロコ の公式ブログ

がんのはなし #2 - 大腸内視鏡検査の巻

※注:直腸がんについてのシリーズで、しばしばうんちの話題が出てきます。お食事中に読むのはおすすめしません。

ことのはじまり

今になって考えてみると放っておいた自分が不思議なのだが、もう何年も下血と血便があった。
何年もどころか最初の下血は15年くらい前に遡る。大学時代に友人と行った音楽フェスの帰りに駅かどこかのトイレで下血して「なんじゃこりゃあああ」となった。たしかそれがきっかけで病院へ行き(クリニックと総合病院の2カ所)、結果的に「痔になりかけで、よくあること」との診断で、座薬を2週間分くらい渡されて終わった。

当初の下血は「たまに心身に負荷がかかって疲れすぎたときに」くらいの頻度だった。このフェスの時も、私の記憶が確かならば、東京から荷物をどっさり担いで苗場スキー場まで在来線乗り継ぎ往復、雨続きでテントも夜間に浸水する休息のとれないキャンプサイト3泊4日(これは自業自得だが斜面にテントを張ったのは致命的)、というけっこう過酷な状況で、まさに疲労困憊だったと言える。

その後私は、大学卒業後何度かあった家計・精神状態ともなかなかにギリギリな“貧乏暇なし期”に病院を避け始めるようになった。病院は、時間(特に総合病院は下手すると待ち時間で1日を棒に振る)とお金がどれだけかかるかわからないから恐ろしい。非正規雇用者にとっては数時間の勤務時間マイナスもかなり痛いのだ。そして、職場の定期検診以外は極力病院に行かんぞ、というメンタリティが形成された。

こういう人は他にもたくさんいるのではないか。
私は当時、音楽業のほかに平日昼間派遣社員として働いていたが、私と同じように「地方出身者、首都圏の大学へ進学、卒業と同時に奨学金の返済開始、非正規雇用、都内で一人暮らし」という条件なら、あるいはもっと厳しい状況になるケースも多いのではなかろうか。
お金がなくて病院に行けない感覚は、屈辱的だし絶望させられるものだ。(健康保険を支払っているので)定期検診が無料なのは良い。だがもし病気が発覚する可能性がある場合、時間的・金銭的に十分な余裕がなければ健診すら億劫だ。病状が悪そうであればあるほどなおさらである。なぜなら、そんなとき当人の主観としては、ただ明日から生活の維持がいっそう難しくなり日々のストレスが増すだけのように感じられるからだ。

今回自分のがんがわかったことで「体に異変を感じたらぜひ早く病院へ」とまわりに話すようになったが、「行きたくてもなかなか行けない人もたくさんいるんだよなぁ」というひっかかりが心の隅に常にある。
そんなわけで、どんなに貧しくとも病院に行き渋らずにすむような国の仕組みになりやがれコラ、という思いがあの頃からあるのだが、この話題は今は掘り下げないでおく。

病院へなかなか行かない

話は戻って、私はその後10年くらいの間に生活状況が徐々に改善し「病院行き渋り症候群」も治癒したが、同時に、当初と比較すると(特に近年)はっきりと血便が出るようになりその出血量も明らかに増えていた(と、今振り返ると気づく)。
にもかかわらず、出血といっても排便時だけの特に生活に支障のないものだったため、やはり病院に行こうという気は起こらなかった。相変わらず「どうせよくある痔」だと思っていたし、クリニックにしろ、クリニック経由の総合病院にしろ、座薬を2週間分くらい渡されて終わる感じなら時間とお金の無駄かなという結論にやはり帰着してしまうのだ。

しかし、2021年の暮れにはいよいよおなかの調子が悪いのが気になりはじめた。そして2022年に入ると「ほぼ1週間便秘ののち下痢」(人生最長の便秘期間で動揺した)、「普通便が出たとしてもなんかすごく細い」、「ずっとお腹が張っている」などの症状が続いた。そして、それ以外は至って元気だった。
とある土曜、家族で雑談時にそんな話をしたところ、私の話した内容が典型的な進行大腸がんの症状だと知る母がさっと顔色を変えた。週明けにでもどこか病院を決めて電話しようかなと思うそばから、もう母が超速で親戚のクリニックの診察予約を取ってくれたのだった(結果的に、母は命の恩人ということになる)。

その診察では尿検査と採血を行い、さっそく翌日に内視鏡検査をすることになった。

はじめての大腸内視鏡検査

そんなわけで、人生初の大腸内視鏡検査をしたので、体験を記してみようと思う。
ちなみに大腸がんの検査のファーストステップとしてはまず便潜血検査が一般的なようだが(参考:大腸がん検診:[国立がん研究センター がん情報サービス 医療関係者の方へ] )、私は既に出血があったのでそのまま大腸内視鏡検査を受けた。

まず、前日の夜に下剤(センノシド12mgを4錠)を服薬。
当日は朝8時半少し前には車でクリニックに到着。ベッドを案内され、病衣に着替える。
9時ぐらいから本格的に液体の下剤(ニフプラス配合内服剤)を飲み始める。私の場合はだいたい3時間弱ぐらいかけて、便が検査できるぐらいの透明度になるまで、たしか合計2.5リットルほどの下剤を飲み、そして合計8回くらいトイレに行った気がする。トイレの回数も記録するように言われる。

しかしながら、腸からさらさらな水分しか出ててこないのに体調不良時の下痢のような不快な腹痛もなく、便意が来てもトイレに歩く(駆け込むほどでもない)ぐらいの余裕がおおむねある、というのは新鮮な感覚だった。肛門括約筋の存在とその働きっぷりをこんなにも意識したことなどなかった。消化器官のたゆまぬ健気な働きっぷりがあまりにナチュラルすぎて、ほとんど存在すら忘れていたことが申し訳ない。急に消化器官に感謝の念が湧く。よく考えると、自分は一本の管に違いないのだ。

他方、先輩におすすめされた海外のホラードラマをスマホで観ながら最初は余裕こいて飲んでいた下剤だが、2リットルを超えたあたりからだんだん気持ち悪くなりドラマの内容がまったく頭に入ってこなくなった。以後、ただひたすら「制限時間内に残りを飲み切るトライアル」と化す。個人的には、大腸内視鏡検査のプロセス全体でのつらさのハイライトはこの時間帯だった。

「便が透明な液体になってきたら看護師や先生が合格かどうかチェックするので流さずに声をかけてくださいね」と言われる。社会的動物となって久しいため、用を足したトイレを流さないのも自分の便を見てもらうために人を呼ぶのも違和感がすごい。しかし、ここは病院だもの、と思いあっさりその自意識は捨てる。

正午過ぎだったか、検査可能な状態になって点滴ルートを作ってもらう。

ほどなく内視鏡検査開始。開始直前に鎮静薬(ドルミカム?)を静注してもらう。すぐ眠くなる。検査中の記憶は最初の数十秒以外ほぼなし。看護師さん曰く、私は「横向いてください」などの指示に答えて対応していたらしいのだが自分ではまったく覚えていない。ちゃんと応答していてよかったが、逆に変な言動をしてしまってないか不安にならなくもない。
検査後は鎮静薬が覚めるまでベッドで休み、16時前に起きた。

待つ日々はつらいよ

帰る前に診察にて、「大腸全体を見た中で、ポリープが2つ、あと腫瘍が1つありました」と先生。
『腫瘍…!』
内心ほんの少し驚いた。
腫瘍の組織を病理検査に出したから、結果が出るまで1週間ほどかかる。なので、できれば夫も同席で1週間後また来院してしてほしいとのことだった。

そして、これは特に問題ではないが小さな痔があったので、とネリザ軟膏を処方される。これって、15年ほど前のあれではないか。じゃあ、悪化している血便や下血の原因はこれではなく、今日見つかった腫瘍なのだろう、となんとなく思った。

17時半、運転して帰宅。
先生の診察内容を伝えると、夫がショックを受けて落ち込んでしまった。曰く、「旦那さんも同席ってことは、きっと悪い可能性があるからなのかも」。「悪性かどうか、まだわからないよ。結果はどうあれ、できるだけ家族の方に来てもらうように促してるとのことだから」と言ったものの、夫がふわっと不安の薄い布に包まれたのが見えるようだった。
私には「まあでも腫瘍といえども、なんとかなるでしょう!まだわからないんだから悪い想像をしてもしょうがない」という根拠のない自信(思い込み)があり、何しろ体調もわりと元気なので、そんなに心配することないさ、ぐらいに思っていた。

かつて、発熱した母が寝込み、「いつものようにカイロを貼って休んだら治る」と言うもののガチガチと歯の根も合っておらず、問答無用で病院に連れて行ったら敗血症で即入院になったことがある。別の時には、「今日起きてからずっと視界が変だ」と言うのでまた問答無用で病院に連れていったら脳梗塞で即入院になったこともある。両方ともいわば「ギリギリセーフ」だったのだが、母本人は病院に行くことにさほど乗り気でなかった。
今回は、母が慌てて私の診察予約を取ってくれたが、逆に私は深刻に捉えていなかった。

なぜ人は、自分のこととなると「そんなに大したことじゃないはず」と思いがちなのだろうか。そして、なるほどこれが「正常性バイアス」というやつか、と気付く。

結果が今日のうちにわからないというのはもどかしくつらいものだ。しかし、とにかく検査を受けるという第一歩は踏み出して、私も、そして夫も、1週間待つことになったのだった。

(続く)

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