ヒロコアラカ記

Hiroko Arakaki / アラカキヒロコ の公式ブログ

娘が誕生したこと

2年前のこと。
このブログでがんの闘病記を書いている途中、がん発覚に伴う人工妊娠中絶の項にさしかかったところで悩み、しばらく筆を置いていました。
そうこうするうちに、手術後の化学療法(抗がん剤治療)がひと段落し、同時にお話をいただいていた仕事を社会復帰も兼ねて始めたところ、スローペースなつもりが存外忙しくなり、気がついたら月日が流れまくっておりました。
そんななか、化学療法後でもう無理ではないかと思っていた自分の体に自然妊娠でふたたび命がやってきてくれました。
この2年、助けていただいた方々、新しい命を祝福してくださった方々、そして昨年他界した父も含めそばにいてくれた、支えてくれた家族に心から感謝しています。

出産という、ありふれている割にかなりハードな経験は私にとっても印象深いものでした。一部始終を語り尽くしたい思いもなきにしもあらずですが、同時に、自分より大切な存在を得てしまったことで、この世界情勢のなか、報道の向こうで日々命を奪われる人々、子どもたちがいる現実が毎日刃物のように胸に突き刺さります。とりわけ今イスラエルが行なっているパレスチナへの虐殺行為に強く反対し、娘の生きる世界は人類がそこを乗り越えたものであれかしと願うばかり。
Instagramなどでした出産報告をこちらにも転載します。

◇  ◇  ◇ 

先日、娘が誕生しました。

難産で、娘もとても苦しかったと思うけど、一緒によく頑張り元気な産声を上げてくれました。

私の化学療法が終わってしばらく経った頃、ずっと様子を見ていたかのような絶妙なタイミングでやってきてくれた子。この子のためなら自分の命も差し出せるという親の気持ちを初めて知った。生まれてきてくれて本当にありがとう。

分娩に立ち会った真弘さん(夫)は、そばで汗を拭いてくれつつ、誕生の瞬間に号泣しつつ、片手ではしっかりGoProを回していました。
まっすぐに娘の誕生を喜び、まっすぐに私たちの体を案じ、刻々と成長し変化する娘の「今」を分かち合って一緒に育ててくれる夫に感謝しています。家族になってくれて本当にありがとう。

今回分娩を担当してくれたのは、かつて医学科を目指して一緒に勉強していた予備校時代の友人、なっちゃんでした(去年妊婦健診で診察室のドアを開けたら20年ぶりに再会してびっくりした)。
分娩後、会陰切開を縫合してもらったり胎盤を出してもらったりしながらわりとゆっくり雑談しました。なっちゃん、苗字が変わったのと立派な産婦人科医になった以外はあの頃と変わらず、しみじみ懐かしくて胸が熱くなる。そしてすごく嬉しかった。私は医者にならなかったけど、医者になったみんなに折々に助けられながら暮らしています。人生の巡り合わせは面白い(彼女と共に担当してくださった、頼り甲斐MAXなカッコいいT先生もこれまた同じ地元で家族がよく知っている方でした。世間は狭いね〜)。

この世界は直視できないくらい深い深い悲しみにも溢れているけれど、娘の生きる未来を今より少しだけでもよくするために私には何ができるだろう。
と、そんなふうに考えるようになりました。